作った人は、もういない——
そのExcel、怖いのは壊すことではなく
“確かめられない”ことです
開くことはできる。数式もクリックすれば読める。毎月きちんと数字も出る。それなのに、誰も手を出せない——引き継いだ人がいなくなったExcelには、そういう1枚があります。新人のあいがぶつかった壁を4コママンガでたどります。
あいが引き継いだのは、輸入ウィスキーの原価と売価を管理する1枚のExcelでした。作ったのは、もう会社にいない前の担当者です。
「あ、そこ触っちゃダメ! 作った人、もう辞めちゃったの」——ベテランの黒須さんが飛んできます。けれど、あいが続けて聞いた一言で、事務所は静まりかえりました。「じゃあ、この数字が合ってるか確かめられる人は…?」
「触っちゃダメ」の正体
不思議なことに、このファイルは何ひとつ失われていません。開けますし、数式もクリックすれば読めますし、毎月ちゃんと数字が出ます。それでも誰も手を出せない。なぜでしょうか。
読めるのは式であって、理由ではないからです。
式は残る。理由は残らない
たとえば、セルにこんな式が入っていたとします。
=IF(B12="英国", C12*0.85, C12*0.92)=VLOOKUP(A5, 単価表!$A:$D, 4, FALSE) + 1200(月末だけ、23行目を手で上書きしている)
式そのものは誰にでも読めます。分からないのは、その先です。0.85と0.92は何の数字なのか。為替なのか、数量割引なのか、ある取引先との取り決めなのか。+1200は送料なのか手数料なのか。月末に手で上書きしているのは、意図した例外処理なのか、それとも誰かの直し忘れなのか。
Excelは計算の結果と手順を保存します。けれど、なぜその手順なのかを書いておく場所を持っていません。セルにメモを残すことはできますが、それは義務ではないので、忙しい日には書かれません。そして書かれなかった理由は、作った人の頭の中だけに残ります。その人が辞めれば、一緒に出ていきます。
本当に失われたのは、直す力ではない
ここが、この問題のいちばん誤解されやすいところだと思います。
「前任者しか分からないExcel」で失われたのは、直す力ではありません。数式を書ける人は社内にもいるでしょうし、書き換えること自体は誰にでもできます。失われたのは、書き換えたあとで「これで合っている」と言える根拠のほうです。
あいの「この数字が合ってるか確かめられる人は…?」に誰も答えられなかったのは、まさにそれでした。直せないのではなく、直ったかどうかを判定できない。だから触らない。触らないから、分かる人はこの先も増えません。
数字が出せることと、その数字が正しいと言えることは別です。属人化で先に失われるのは後者のほうで、しかも毎月ちゃんと数字が出ているあいだは、失われたことに気づけません。
「引き継ぎ資料を作る」が、たいてい続かない理由
対策としてまず思いつくのは、仕様書を書くことです。実際、最初の1回は書けます。問題はそのあとでした。
続かないのは、担当者の意識が低いからではありません。置き場所の問題です。仕様書はExcelの外にある別ファイルなので、Excelを直した人がそちらも直すとはかぎりません。1回でも更新が飛べば、そこから先はずれていきます。
そして、ずれた仕様書は無いよりたちが悪い。読んだ人が、間違った根拠で「合っている」と判断してしまうからです。属人化そのものについては Excel業務の「属人化」とは? でも整理しています。
その夜、あいは仏壇の前に座りました。「おばあちゃん、毎日使ってるのに、誰も中身を知らないの」返ってきたのは、こんな一言です——「譜面に起こしときな。耳で覚えた曲は、その子がいなくなったら消えるよ」。
耳で覚えた曲は、その人が抜けたら消える
バンドでは、誰かが耳で覚えてきたフレーズをそのまま合わせることがあります。その場は成立しますし、演奏としては完成しています。けれど譜面に起こしていなければ、弾いていた本人が抜けた瞬間、その曲はもう誰にも再現できません。音は残っていても、音の根拠が残っていないからです。
あいのExcelも、同じ形でした。計算は毎月ちゃんと鳴っている。でも譜面がない。だから、誰も次の小節を書き足せない。
大事なのは、譜面は演奏と同じ場所に要る、ということです。ステージに持ち込まない譜面は、無いのとほとんど変わりません。別ファイルの仕様書が続かないのは、これと同じ理屈だと思います。
「中身を人の頭の中から出して、誰でも読める形にすればいいんだ」——そう気づいたあいが相談したのが、RECOGでした。後日、画面を見た黒須さんの一言。「なんでこの数字なのか、画面に書いてあるのね」。仏壇のおばあちゃんは、ちょっと得意げに。「That's excellent.」
「なぜ」を仕組みの側に置く
RECOGがやっているのは、こうした1枚を専用のWebアプリに移すことです。Excelの機能をそのまま再現するというより、譜面を書き込める場所ごと作り直す、と言ったほうが近いかもしれません。
- 計算のルールが1か所にまとまる。同じ計算があちこちのセルに散らないので、直す場所も1つで済みます
- 入力欄のとなりに「これは何の数字か」を書いておける。別ファイルではなく使う画面の中にあるので、読まれます
- 誰がいつ何を変えたかが残る。「この数字、合ってる?」に、記憶ではなく履歴で答えられます
- 触っていい場所と触ってはいけない場所を分けられる。「そこ触っちゃダメ」を人の見張りではなく、仕組みで守れます
- そして——操作感はいつものExcelのまま。新しい使い方を覚え直す必要はありません
正直に言えば、これで属人化がゼロになるわけではありません。何を書き残すかを決めるのは結局のところ人ですし、書かなければ空欄のままです。変わるのは、書き残す場所が毎日の動線の中にあるかどうか。外に置いた仕様書は続きませんが、毎日開く画面の中にあるものは、意外と続きます。
会計ソフトや基幹システムを入れ替える、という大げさな話でもありません。いま「触っちゃダメ」と言われているその1枚を触れる形に置き換える。それだけです。
よくある質問
前任者しか分からないExcelで、本当に失われているものは何ですか?
Excelには「なぜその計算なのか」を残せないのですか?
引き継ぎ資料や仕様書を作れば解決しますか?
「うちにも“触っちゃダメ”な1枚がある」と思ったら
まずは、その1枚を見せていただくところから始められます。どこが属人化しているのか、何から書き出せば引き継げる形になるのか——あいの会社にしたのと同じように、30分の無料オンライン相談で一緒に棚卸ししましょう。売り込みはしません。
無料オンライン相談を予約する月1〜2回、Mlog の4コマとガイド記事の更新をお知らせします。お送りするのは記事のお知らせだけです。
LINEで友だち追加余談:あの日から、あいの机の引き出しには五線譜のノートが1冊入っているそうです。中身はExcelのメモですが。 / 登場人物のことは こちら でも紹介しています。