EPISODE 04

作った人は、もういない——
そのExcel、怖いのは壊すことではなく
“確かめられない”ことです

開くことはできる。数式もクリックすれば読める。毎月きちんと数字も出る。それなのに、誰も手を出せない——引き継いだ人がいなくなったExcelには、そういう1枚があります。新人のあいがぶつかった壁を4コママンガでたどります。

中川 知裕
中川 知裕RECOG 代表社員(元証券アナリスト・宅地建物取引士)

あいが引き継いだのは、輸入ウィスキーの原価と売価を管理する1枚のExcelでした。作ったのは、もう会社にいない前の担当者です。

シーン1:前任者から引き継いだExcelを開いたあいが、どこを直せばいいか分からず戸惑う。黒須さんが「そこ触っちゃダメ」と止め、あいが「合ってるか確かめられる人は」と聞くと事務所が静まりかえる4コマ

「あ、そこ触っちゃダメ! 作った人、もう辞めちゃったの」——ベテランの黒須さんが飛んできます。けれど、あいが続けて聞いた一言で、事務所は静まりかえりました。「じゃあ、この数字が合ってるか確かめられる人は…?」

「触っちゃダメ」の正体

不思議なことに、このファイルは何ひとつ失われていません。開けますし、数式もクリックすれば読めますし、毎月ちゃんと数字が出ます。それでも誰も手を出せない。なぜでしょうか。

読めるのは式であって、理由ではないからです。

式は残る。理由は残らない

たとえば、セルにこんな式が入っていたとします。

=IF(B12="英国", C12*0.85, C12*0.92)
=VLOOKUP(A5, 単価表!$A:$D, 4, FALSE) + 1200
(月末だけ、23行目を手で上書きしている)

式そのものは誰にでも読めます。分からないのは、その先です。0.85と0.92は何の数字なのか。為替なのか、数量割引なのか、ある取引先との取り決めなのか。+1200は送料なのか手数料なのか。月末に手で上書きしているのは、意図した例外処理なのか、それとも誰かの直し忘れなのか。

Excelは計算の結果と手順を保存します。けれど、なぜその手順なのかを書いておく場所を持っていません。セルにメモを残すことはできますが、それは義務ではないので、忙しい日には書かれません。そして書かれなかった理由は、作った人の頭の中だけに残ります。その人が辞めれば、一緒に出ていきます。

本当に失われたのは、直す力ではない

ここが、この問題のいちばん誤解されやすいところだと思います。

「前任者しか分からないExcel」で失われたのは、直す力ではありません。数式を書ける人は社内にもいるでしょうし、書き換えること自体は誰にでもできます。失われたのは、書き換えたあとで「これで合っている」と言える根拠のほうです。

あいの「この数字が合ってるか確かめられる人は…?」に誰も答えられなかったのは、まさにそれでした。直せないのではなく、直ったかどうかを判定できない。だから触らない。触らないから、分かる人はこの先も増えません。

POINT

数字が出せることと、その数字が正しいと言えることは別です。属人化で先に失われるのは後者のほうで、しかも毎月ちゃんと数字が出ているあいだは、失われたことに気づけません。

「引き継ぎ資料を作る」が、たいてい続かない理由

対策としてまず思いつくのは、仕様書を書くことです。実際、最初の1回は書けます。問題はそのあとでした。

続かないのは、担当者の意識が低いからではありません。置き場所の問題です。仕様書はExcelの外にある別ファイルなので、Excelを直した人がそちらも直すとはかぎりません。1回でも更新が飛べば、そこから先はずれていきます。

そして、ずれた仕様書は無いよりたちが悪い。読んだ人が、間違った根拠で「合っている」と判断してしまうからです。属人化そのものについては Excel業務の「属人化」とは? でも整理しています。

シーン2:夜、仏壇の前で手を合わせるあい。「誰も中身を知らないの」とこぼすと、遺影のおばあちゃんが光り「譜面に起こしときな」と助言する2コマ

その夜、あいは仏壇の前に座りました。「おばあちゃん、毎日使ってるのに、誰も中身を知らないの」返ってきたのは、こんな一言です——「譜面に起こしときな。耳で覚えた曲は、その子がいなくなったら消えるよ」。

耳で覚えた曲は、その人が抜けたら消える

バンドでは、誰かが耳で覚えてきたフレーズをそのまま合わせることがあります。その場は成立しますし、演奏としては完成しています。けれど譜面に起こしていなければ、弾いていた本人が抜けた瞬間、その曲はもう誰にも再現できません。音は残っていても、音の根拠が残っていないからです。

あいのExcelも、同じ形でした。計算は毎月ちゃんと鳴っている。でも譜面がない。だから、誰も次の小節を書き足せない。

大事なのは、譜面は演奏と同じ場所に要る、ということです。ステージに持ち込まない譜面は、無いのとほとんど変わりません。別ファイルの仕様書が続かないのは、これと同じ理屈だと思います。

シーン3:あいが「誰でも読める形にすればいい」と気づき、黒須さんと専用Webアプリの画面を見る。仏壇のおばあちゃんがウインクして『That's excellent.』と言う3コマ

「中身を人の頭の中から出して、誰でも読める形にすればいいんだ」——そう気づいたあいが相談したのが、RECOGでした。後日、画面を見た黒須さんの一言。「なんでこの数字なのか、画面に書いてあるのね」。仏壇のおばあちゃんは、ちょっと得意げに。「That's excellent.」

「なぜ」を仕組みの側に置く

RECOGがやっているのは、こうした1枚を専用のWebアプリに移すことです。Excelの機能をそのまま再現するというより、譜面を書き込める場所ごと作り直す、と言ったほうが近いかもしれません。

正直に言えば、これで属人化がゼロになるわけではありません。何を書き残すかを決めるのは結局のところ人ですし、書かなければ空欄のままです。変わるのは、書き残す場所が毎日の動線の中にあるかどうか。外に置いた仕様書は続きませんが、毎日開く画面の中にあるものは、意外と続きます。

会計ソフトや基幹システムを入れ替える、という大げさな話でもありません。いま「触っちゃダメ」と言われているその1枚を触れる形に置き換える。それだけです。

よくある質問

前任者しか分からないExcelで、本当に失われているものは何ですか?
直す力ではありません。数式を書ける人は社内にもいますし、書き換えること自体は誰にでもできます。失われたのは、書き換えたあとで「これで合っている」と言える根拠のほうです。直せないのではなく、直ったかどうかを判定できない。だから触らない。触らないから、分かる人はこの先も増えません。
Excelには「なぜその計算なのか」を残せないのですか?
Excelは計算の結果と手順を保存しますが、なぜその手順なのかを書いておく場所を持っていません。式そのものは誰にでも読めます。分からないのはその先で、たとえば「0.85」が為替なのか数量割引なのかある取引先との取り決めなのかは式からは分かりません。セルにメモを残すことはできますが義務ではないので、忙しい日には書かれず、書かれなかった理由は作った人と一緒に出ていきます。
引き継ぎ資料や仕様書を作れば解決しますか?
最初の1回は書けます。続かないのは担当者の意識が低いからではなく、置き場所の問題です。仕様書はExcelの外にある別ファイルなので、Excelを直した人がそちらも直すとはかぎりません。1回でも更新が飛べば、そこから先はずれていきます。そしてずれた仕様書は無いよりたちが悪く、読んだ人が間違った根拠で「合っている」と判断してしまいます。

「うちにも“触っちゃダメ”な1枚がある」と思ったら

まずは、その1枚を見せていただくところから始められます。どこが属人化しているのか、何から書き出せば引き継げる形になるのか——あいの会社にしたのと同じように、30分の無料オンライン相談で一緒に棚卸ししましょう。売り込みはしません。

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余談:あの日から、あいの机の引き出しには五線譜のノートが1冊入っているそうです。中身はExcelのメモですが。 / 登場人物のことは こちら でも紹介しています。